月寒懐古録
北海道では珍しく軍都として栄えた歴史を持ち,今も幾つかの戦争遺産が残る月寒史の探求を行う、非常にコアで自己満足系のブログでございます。

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歩兵第25連隊

つきさっぷ郷土資料館に行ってきました。
私の写真技術が悪く撮影した写真の殆どが失敗で、唯一使えそうだった写真がこれでございます。

25seimon.jpg


写真に写る門番さん。手にしているのは三八式歩兵小銃でしょうか?何気な銃の持ち方が妙にリアルですね。そりゃそーですよね。戦時中なんですから。

この正門は現在の中央通4丁目付近にありました。
この門の手前両脇に松の木が2本あり、そのうちの1本が現在も残ってます。昔「月寒ハワイ」というキャバレーがあった建物の前です。営門の松というプレートが付けられていたんですが、木が電線に接触してるし朽ちてるしで、ちゃんと管理してる風でも無かったなぁ…。
写真アングルで言えば、国道36号線を背にして東向きの風景。兵隊さんの背後は節操なく乱立するマンション。さらにその後ろは月寒高校のグラウンドになってます。

ここには昭和天皇も来られた記録があり、そのときの写真が郷土資料館に飾られています。


今度はしっかり写真技術を向上して行って来ますです。







photo:つきさっぷ郷土資料館
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Author:nalio
純潔の日本人でありながら欧米系の顔をしていたため、幼少から外国人の子供に見間違われる毎日で、近所の子供達からつけられたあだ名が「キューピー」。当時キューピーと言えば、西洋の子供像をイメージする代表的なキャラクターだったんですね。

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