月寒懐古録
北海道では珍しく軍都として栄えた歴史を持ち,今も幾つかの戦争遺産が残る月寒史の探求を行う、非常にコアで自己満足系のブログでございます。

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古写真鑑定

1960年代の国道36号線。豊平3条8丁目付近です。

20070804134155.jpg




なんか見慣れた風景に感じるのは恐らく、前方にテレビ塔が見えてるからですねーきっと。
現在でもこの道路からテレビ塔は、高層ビルに邪魔されながらも見えてますからね。
それでこの写真。なんと道路のど真ん中に線路ですよ。しかも停留所です。電車を待つ人が居ます。

写真説明には「1960年代」とあるだけなので、その10年間の中のどのあたりに撮影されたものなのか、推察してみましょう(はい。モノ好きです。)
まずはテレビ塔。建設は昭和32年ですが、塔の中間に見える「電光時計」は昭和36年に後付けされたもの。
そして市電。ここを通っていた豊平線はじょうてつの豊平駅が終点で、昭和46年まで運行していたそうです。
でもこれだけでは時代を絞り込めてませんね…。
そこで次に目を付けたのが、写真に写るタクシー。  これ、紛れも無く「箱スカ」ですよね。
このモデルは3代目のスカイラインで、デビューが昭和43年9月なのです。秋に新車が発売された即座にタクシー会社が入れ替えを行うのは考えにくいから、発売の翌年以降…というセンが強いですね。
雪が無く街路樹が生い茂っているのと、電車を待つ男性が半袖を着ているので季節は7月以降。
と いうことで写真の撮影時期は、昭和44年7月から46年までの2年間ということが判りました♪

…だからナンだってコト無いんですけど。



photo:札幌写真ライブラリー


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コメント

 古い写真への突然のレスで失礼致します。

 この写真ですが、1969年夏の撮影で間違いないと思われます。
 決め手は、電停名称の「豊平駅前」。定鉄廃止に伴い、1969年11月1日に「豊平八丁目」と改称され、1971年9月30日の廃止までこの名称でした。
 ハコスカタクシーの登場時期と考え合わせれば、1969年夏の撮影と見て間違いないでしょう。

 因みに、かつての豊平駅前電停はこの歩道橋を過ぎ、駅前に曲がったところにありました。現在も、道路の形状がそのままです。1965年5月の豊平橋架け替え着工まで広場発着でしたが、架け替え中の運休・バス代行後、1966年10月の新橋竣工・運行再開時から、この場所に移設されています。
【2009/10/15 22:53】 URL | O型台風 #-[ 編集]

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Author:nalio
純潔の日本人でありながら欧米系の顔をしていたため、幼少から外国人の子供に見間違われる毎日で、近所の子供達からつけられたあだ名が「キューピー」。当時キューピーと言えば、西洋の子供像をイメージする代表的なキャラクターだったんですね。

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