月寒懐古録
北海道では珍しく軍都として栄えた歴史を持ち,今も幾つかの戦争遺産が残る月寒史の探求を行う、非常にコアで自己満足系のブログでございます。

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昭和40年代とは・・・

俗に「レトロ」とか「懐かしい昭和の風景」とかと呼ばれるものって大抵、映画「三丁目の夕日」に代表される30年代を指して言われますよね?
海外メーカーのデザインを模倣した自動車とか家具。国産のテレビや冷蔵庫の発売とか各種日常品の広告看板やテレビCMなど…


これらは戦後、父親達が大奮起して物凄いスピードで経済復興を成し遂げた副産物達です。
短期間で目まぐるしい数の国産工業製品や家電製品が生まれ、それらが大正期から変わらない木造家屋の風景に溶け込んでいった…とてもセンセーショナルな(?)時代だったからこそ、この時代に生きた愛好者達に「レトロ」と称して愛される所以なんんじゃないでしょうか?

oronain.jpg


かくいう私も、30年代の大ファンです。小さい頃から古い木造家屋を見かけたら「壊さないでいて欲しいな」と思ったり、それこそオロナインやボンカレーの鉄板看板が大好きでしたねぇ…。

が・・・

お断りしておきますが私は 40年代生まれです。 はい。

生まれてもいない時代の風景を好む理由は自分でも良く判りません。我ながら実に不可解な趣味だと思います(笑)
ですが40年代の風景を思い起こしてみると、一つ判った事があったんです。


下は、私が生まれた昭和40年代。札幌市内の国道です。
0726.jpg


ダイハツの三輪車やダットサン… 物凄いレトロですよね?
奥に見える黒い乗用車は、ドアが観音開きする「初代クラウン」ですよ♪

この風景も去ることながら、札幌のような田舎(当時)では家屋も殆どが木造で、30年代の風景が全く損なわれていなかったんです。
さらに"時代背景"的なコトを申しますと、昭和30年代以降、日本の経済文化がドカンと発展したのは50年代に入ってから。この時代に出現したテレビゲームなるものは、ガキんちょの私にとって実にセンセーショナルでした。
そういうわけで40年代というのは「お祭りの間の何も無い期間ということになるのですが、ただ何も無かったわけではなく、50年代の「脱皮」に向けてジワジワと新しいモノが出始めていた10年間だったんだと思うのです。
要するに、30年代のレトロな風景と、50年代の近代的な風景がオーバーラップして存在していた ってコトです。
回りくどい言い回しでごめんなさい…

30年代を「レトロ」と称する意味合いには、「懐かしい」とか「古き良き時代」という愛情が込められています。
だけど、この時代に生きて一生懸命に働いた父親達全てがそう思っているわけじゃありません。
団塊の世代は、私達なんか想像も出来ない程の努力と苦労をされたんですから、全てが「良き思い出」とは言えないですよね?

そんな、実生活の苦悩を知らずして私は、風景だけ30年代を味わいながら幼少期を過ごし、多感な少年期に50年代の新風をも味わって育ったわけですから、とても贅沢な世代なんだと感じているのです。


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純潔の日本人でありながら欧米系の顔をしていたため、幼少から外国人の子供に見間違われる毎日で、近所の子供達からつけられたあだ名が「キューピー」。当時キューピーと言えば、西洋の子供像をイメージする代表的なキャラクターだったんですね。

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