月寒懐古録
北海道では珍しく軍都として栄えた歴史を持ち,今も幾つかの戦争遺産が残る月寒史の探求を行う、非常にコアで自己満足系のブログでございます。

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1947年の月寒

国土地理院のホームページに試験公開している空中写真というものがあります。聞き慣れない言葉ですが、要するに「航空写真」のことでして全国の主要都市の写真が公開されているのですが、その中に非常に興味深い貴重な資料がありました。
終戦から2年後の1947年に米軍が撮影した札幌市の航空写真なんです。木造平屋が連なる中心部から国道36号線を南下してゆくと、当時は鉄のアーチ橋だった豊平橋を渡ったとたん、道路脇には延々と田園風景が広がります。それが、豊平区美園と月寒の境界線となる望月寒川を越えたあたりから急に建物がひしめき合っている光景になるのですが、ここが私の実家周辺、軍都として栄えた「つきさっぷ商店街」です。
この写真はイマイチ解像度が宜しくないので拡大転写が出来ないのですが、同じような写真を大きなボードに引き伸ばしたものが、つきさっぷ郷土資料館にも展示されています。


ごめんなさい… ホント コアです。この辺りに住んでる人でも判らないような写真なのですが、解説します。

kuchuushashin.jpg




「国道36号線」と書かれた部分の右側にT字路がありますが、上から伸びてきてる道路は現在JR白石駅から始まる「白石中の島通り」で、文字通り今は国道36号線を突っ切って中島公園まで続いています。この道路を挟むようにして軍事施設が存在し、指令官官邸までの道路は重要であったらしく、国道より若干道幅が広いのが判ります。
歩兵第25連隊の敷地は、現在の月寒高校だけではなく、地図上の一番右端まで全て連隊の敷地で、さらに向こうには練兵所がありました。


ちなみに「赤い点」ですが… 私の実家です(笑)
ご覧の通り畑です。道も見当たりません。




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コメント

札幌の歴史を調べていたら、偶然このブログに行き着きました。

なかなか、コアでいいですね。

ところで、中央通7丁目の仲通には、今でも土地の境界線の石に「陸軍省」の名前があるますね。
やはり、月寒は軍の街ですね。
【2010/06/22 22:49】 URL | hs620b #-[ 編集]

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純潔の日本人でありながら欧米系の顔をしていたため、幼少から外国人の子供に見間違われる毎日で、近所の子供達からつけられたあだ名が「キューピー」。当時キューピーと言えば、西洋の子供像をイメージする代表的なキャラクターだったんですね。

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