月寒懐古録
北海道では珍しく軍都として栄えた歴史を持ち,今も幾つかの戦争遺産が残る月寒史の探求を行う、非常にコアで自己満足系のブログでございます。

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昭和の夏休み【盆踊り大会】

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お盆には皆里帰りをしてしまい町内会が閑散としてしまうので、昔ながらの盆踊り大会を夏祭りと改名して7月の下旬から8月上旬に繰り上げる町内会が増えました。
…というか、殆どの町内会がそうなっちゃいましたね。
では、「里帰りされる側」の町内会は未だにお盆の開催をしているのでしょうか?私も暫くお盆に実家へ帰っていないので、今年は是非とも確認してみたいと思います。

昭和40年代から50年代の夏休みを振り返ります。
確か7月20日頃から8月16日くらいまでの期間でしたね。町内会の盆踊り大会は決まって8月13・14.15の三日間でしたから、小学生の私にとっては夏休みのクライマックスを飾る重要な(笑)イベントでありました。
会場は地図中の⑤番。高台公園でした。今でもポピュラーの座を維持する子供盆踊りの唄を始め、「パタパタ」とか「ジェンカ」等のフォークダンスもありましたし、三波春夫の「世界の国からこんにちは」も踊ってましたね…。
毎回、1部が子供の部、2部が大人の部と分けられていて、大人の部になると浴衣を着た父さん母さん婆ちゃん達が北海盆唄を踊り出すわけですが、この光景を私は最後まで見届けたことがありません。何せ子供は2部の時間まで公園に居ることが許されませんでしたから。

月寒町内会の盆踊り会場(高台公園)は本当に狭い場所でしたが、当時は各町内の細かいブロック毎で会場を設けていましたし、マンションだって無かったので人口も過密せず、皆狭い会場でも満足していたんだと思います。勿論今のような「露店」だってありませんでした。純粋に「盆踊りを踊る」。それだけのイベントに大人も子供も喜んで集まっていたんですね。

ちなみに…「盆踊り」と言えばやぐらと太鼓ですが、高台公園の盆踊りの場合、やぐらは当然ありましたが太鼓が無かったんです。それだけは子供心に「欲しいなぁ」と思っていましたね…


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コメント

高台公園が見える場所に住んでる者です。
近々(来年?)、改修して新しく生まれ変わるそうです。
先日高台公園改修に関するアンケートがありました。
どんな施設が良いかなど…
【2007/11/29 12:59】 URL | きらり☆ #-[ 編集]

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Author:nalio
純潔の日本人でありながら欧米系の顔をしていたため、幼少から外国人の子供に見間違われる毎日で、近所の子供達からつけられたあだ名が「キューピー」。当時キューピーと言えば、西洋の子供像をイメージする代表的なキャラクターだったんですね。

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