月寒懐古録
北海道では珍しく軍都として栄えた歴史を持ち,今も幾つかの戦争遺産が残る月寒史の探求を行う、非常にコアで自己満足系のブログでございます。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

幻の美橋 豊平橋

tb1.jpg


どこぞ異国のモダンな河川敷? と思いきや、これは国道36号線の豊平区と中央区をつなぐ豊平橋!大正13年の写真です。
写真手前が中央区側ということなので、現在の交番あたりから豊平方面を望むアングルで撮影されたものですね。
橋脚がみかげ石で出来ていたんですって♪ロマンチックなデザインですねー。この橋の完成と同時に開通した市電も写ってますが、これまたレトロの極みです。


tb2.jpg


そして上の写真は昭和20年代に入ってからのものです。今度は豊平区側からの撮影方向です。橋の向こうの道路が現在と同じように左カーブしてるのがわかりますね。大正時代と比べ、この頃から自動車がちらほら走り始めたようです。一番手前に3輪トラック、電車の後ろには乗用車が走ってます。そしてちなみに電車の横を交差するのはトラック…に見えますが「馬車」のようですね。荷台の上にぴょこんと人の頭が見えてますから。


tb3.jpg


こちらは1960年代。1枚目の撮影ポイントから少し中央区側に下がった場所から写されてます。1枚目には写ってなかった交番が見えます。
ちなみにこれ、写真説明には「聖火リレーの練習」とありました。

この美しい鉄橋は、私が産声を上げる前年の昭和41年に姿を消したそうですから、この練習は「札幌冬季オリンピック」のための練習でしょうか?。…確かオリンピックは1972年、当時5歳だった私の実家もこの国道そばにあり、小さな日章旗を振って聖火ランナーを応援した記憶がありますから、この写真の練習は少なくとも「本番6年前」の光景ってことに?


こんなに美しい豊平橋が何故取り壊されてしまったんでしょう?
その答えが浮き彫りにされている写真がコレ↓です。
tb4.jpg

撮影時期は限りなく昭和41年に近い頃だと思うのですが、この交通量…。国道の幅員が27mあるのに対し橋の上は18mしかなく、しかもセンターを電車が通ってますから車は片側1車線。さらにこの頃から走るようになった路面バスが写ってますね。豊平区まで延びていた市電もそろそろ用無しになってきたワケで、このモダンな豊平橋は渋滞を回避する理由で多くの市民に惜しまれながら解体されてしまい、現在は精巧な模型となって「開拓記念館」に飾られているそうですよ。


旧豊平橋に興味を持たれたマニアな方は是非とも
国土交通省の専用ページをご覧になって下さい♪


【photo:札幌市写真ライブラリー所蔵】







スポンサーサイト

コメント

この聖火らんなーの写真なんですが、多分、東京オリンピックの時のだと思います。

実は、この写真を撮影した場所から数十メーター離れたところに私の実家がありまして、幼少の私もかすかながら、記憶に残っております。
【2010/06/22 22:59】 URL | hs620b #-[ 編集]
このコメントは管理者の承認待ちです
【2010/12/04 12:12】 | #[ 編集]

コメントの投稿













管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

プロフィール

nalio

Author:nalio
純潔の日本人でありながら欧米系の顔をしていたため、幼少から外国人の子供に見間違われる毎日で、近所の子供達からつけられたあだ名が「キューピー」。当時キューピーと言えば、西洋の子供像をイメージする代表的なキャラクターだったんですね。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。